患者さんに対して、子供のことを考えろと望むのはあまりにも酷ではないか。何人かの患者さんを見て、私はしみじみそう思いました。中でも、肺がんで亡くなった四十代の女性のことが、私は忘れられません。彼女は四十歳で一人娘を出産し、子育て中に発病。当時子供はまだ三歳でした。幸い化学療法がよく効き、手術不能な進行がんだったにもかかわらず、約二年延命しました。この間、自宅で過ごすこともでき、治療成績は良かった方と言えますが、若すぎる死であったことに変わりはありません。本人の希望で病名は告知されていました。一生懸命気持ちを抑えながらも、彼女は、病気になったことの理不尽さを、よく私たちに話したものです。「煙草を吸っていたわけでもないのに、なんでこんな病気になったのかしらね。私の妹なんて、たくさん煙草吸ってても、なんでもないのよ。本当に不公平だわ。妹はねえ、いつもちゃっかりしていて、私はいつも損してるみたい」このあたりの気持ちは、きょうだいのいない私にはわかりません。ただ、患者さんの中には、このように、きょうだいへの複雑な思いを表出する人がけっこういて、肉親というものの複雑さがかいま見えます。