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一流雑誌に掲載された「論文」の中身

一八九二(明治二五)年、南方熊楠はイギリスに渡る。渡英直後、父親の訃報に接しながらも、知人の援助を受けてロンドンに滞在すること一年、南方に大きな転萌が訪れる。一流科学雑誌『ネイチャー』に投稿した文章が掲載されることになったのである。驚くべきことに、その文章を書き上げるのに、彼は誰の手も借りていない。下宿屋の老婆からページの欠けた辞書を借り、自分ひとりで書き上げたのだ。いまでこそ英語で論文を発表する日本人学者は増えたが、『ネイチャー』ほどの雑誌に投稿するのに母語話者を頼らない人、そして書いた文章がそのまま採用される人はほとんどいないのではないか。南方熊楠というとすぐに「粘菌」が連想されるかもしれないが、はじめて『ネイチャー』に載った彼の文章は、何と星座に関するものであった。すでに出版された号においてM・A・Bなる人物が星座の構成についての五つの質問を載せているのを受け、そのうちの一石に答える形で寄稿したものである。「極東の星座」と題された、その文章冒頭の英語を見てみよう。じつに洗練された英文であり、まともに作文術などを習ったことのない人間の手になる文章とはとても思えない。やはり筆写によって、知らず知らずのうちに英語のリズムを身につけていたと考えるべきだろう。ただし、厳密に言うと、先述の論文には、校正刷りの段階でほんのわずかながら母語話者の手が加わっている。南方が独力で書き上げた文章そのものの掲載が認められたことは確かなのだが、それを読んだイギリス人が不自然な表現を目に留め、忠告をしてくれたのだという。そのイギリス人は、名をオーガスタスーウォラストソーフラソクスと言い、大英博物館の考古学民俗学部長を務めていた碩学である。ブランクスは、知人に連れられて大英博物館にやって来た日本の青年が『ネイチャー』所収予定の小文の校正刷りを持っていることに感心し、彼を自宅に招いたばかりでなく、その原稿に目を通してくれたのだ。ブランクスが不自然であるとして指摘したのは、definitesketchという表現である。
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