外国人デザイナーが日本の職人とのコラボレーションによって作品を製作している例もある。ティファニーを代表するモチーフのひとつ、オープン・ハートのデザインで有名なエルサ・ペレッティと日本の職人たちとの交流は、30年以上にもわたる。日本ではあまりお目にかからないが、漆仕上げのネックレスをはじめ、金銀の箔をはった竹筒に組紐を合わせた鞄など独創的なものばかりだ。彼女の洗練されたデザインに、輪島の漆職人や別府の竹細工職人、京都の金箔職人や組紐職人らの職人芸が生かされた作品は、西洋のセンスと東洋の技術を融合した魅力を備えている。そのいくつかは、予約だけで完売し店頭に出ることのない、ティファニーの隠れたロングセラーなのだ。デザインや製作面における文化の融合の動きは、日本の職人にも着実に進歩をもたらしている。有名外国人デザイナーの作品の一部を製作したという伝統工芸作家は、それを非常に貴重な経験として記憶している。「我々でも似たようなものを作ることができるが、どこかが違う。野暮ったくなる。第一線に立つ外国人デザイナーの無駄を削ぎ落とした、極め尽くしたようなデザインには圧倒される」という。また日本人デザイナーならばある程度、技術の限界を考えて注文するところを、外国人はそうしたことを考慮せずにどんどん要求してくる。要請に応えようと努力することによって、技術面での進歩も大きかったという。日本の伝統工芸産業あるいはラグジュアリー分野に繋がる産業においても、あくまでも「伝統」を保持する一方で、「革新」としての異文化の視点の導入も重要になるだろう。「海外から見た日本」が逆輸入されて人気を得る例は、近年ではファッションに限らずインテリア、食の分野に至るまで多岐にわたっているのである。もっとも、単なる「外国人受け」を狙った作品だと失敗するということはすでに19世紀の欧米におけるジャポニスムが、もっぱら日本側が粗製濫造に陥ったことで衰退したところからも明らかである。かつてデュマは次のように語っている。「日本では伝統は単に過去の継承になっている。一方、われわれは伝統に新しい要素を常に取り込み、揺さぶり続けてきた。そこが違う。京都にはエルメスに力を与えてくれるエネルギの源があるが、日本はそれを生かしていない。われわれはどの国をイメージする時も、消化吸収してエルメスの世界に溶け込ませ伝統と新しさを溶け合わせてきた」(「朝日新聞」1991年11月16日)。